こいのぼり

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「え・・・母が?」 それは病院からの一本の電話だった。 新年度が始まり、仕事も家庭も多忙を極める4月。 桜の花が緑の葉を茂らせ、藤の花のつぼみが膨らむ季節。 会議中に何度も鳴っていた見知らぬ番号の、着信に出る事が出来たのはもう日も暮れてからだった。 「ご家族はあなただけとのことでしたので、こちらに掛けさせていただきました」 病院のスタッフの、淡々とした事務的な言い方のお陰で、自分も冷静に聞く事が出来た。 「・・・と言う訳ですので、早急にこちらまでお越しください」 要件を伝るスタッフに、「分かりました」とだけ伝えて通話を終えた。 「あれ?課長どうしたんですか」 喫煙室に向かう途中の部下に廊下で出会い、電話の内容を伝える。 「えっ。じゃあすぐに実家帰った方がよくないですか?」 止める間もなく騒ぎ立てる部下が、瞬く間に上司にまで報告をしてくれたおかげで。 「一区切りも着いた所だし、週休の消化にまとめて休め」 しばらく実家に帰ることとなった。 「・・・実家か」 妻に連絡を入れた後、いつもより早い時間の電車に乗った。 帰宅ラッシュの人で溢れかえっている車内。 息苦しく感じるのは、実家に帰るせいだけではないと、溜息をついた。 「あなた、新幹線のチケット取ったわよ」 「もう行くのか?」 自宅に着くや否や、既に荷物をまとめていた妻が出迎える。 「そうよ。早い方がいいじゃない」 「タケシの学校だってあるだろ・・・」 そこまで言ってから、妻の顔が曇っている事に気が付いた。 そうだ。タケシが学校を休むことなんて、気にしなくて良かったんだった。 よく言えば休学中。 悪く言えば不登校だ。 妻の視線の中に、少なからず私への非難が込められている事に居たたまれずに、 「風呂に入らせてくれ」 ネクタイを緩めながら、その場から逃げ出した。
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