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「はぁ」
家に帰るとまず風呂に入らないと、落ち着かない。
居間で妻がイライラしながら待っているだろうことは、分かっているのだが。
湯船に浸かりながら、息子と風呂に入らなくなってからどのくらい経っているのか考えてみる。
『とーたん。あわあわ』
そんな幼い息子の声を思い出し、
「そんな昔か」
仕事のせいにしていたツケが、今この身に一度に全て振りかかって来たように思えた。
父親と風呂に入った記憶など無い自分は、息子と入るのを何よりも楽しみにしていた。
ハズだったが、いつの間にか“忙しい”を理由に入らなくなってしまっていた。
『なんでウチにはお父ちゃんがおらへんのや!』
母親と入る銭湯の女湯で、母親を泣きながら罵った記憶がよみがえる。
女湯に入れる年齢ギリギリは、思春期に差し掛かる頃でもあって。
たまたま入りに来ていた同級生の女子と鉢合わせ、何ともいたたまれない思いをしてしまったのだ。
その恥ずかしさと、日頃の鬱憤を全て吐きだしてしまった、幼い頃の自分。
息子には自分もいて妻もいる。
両親揃っていて、金銭的にも苦労は掛けていないはずだ。
なのに何が不満か、せっかく通わせてやってる私立の小学校に通っていないというのだ。
何がどう悪かったのか。
いくら考えても分からない。
『俺の人生なんだ。好きにさせてくれ』
母親にそう言って家を出てから、ほとんど連絡もとらずに今に至る。
何もかもから逃げ出したくて。
意地もあって、故郷の言葉も捨て全てを捨てて、ただ必死に毎日を送って来た。
誰にも迷惑をかけずに生きてきたと、自分では思っている。
だからか、息子がただの甘えに見えて仕方がない。
風呂から上がると、旅行の準備を万端整えた妻が、
「さ、早く着替えて下さい。タクシー呼んでますからね」
有無を言わせず着替えを押しつけてきた。
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