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 大講堂に戻ると異様な熱気が支配していた。菱川(ひしかわ)浄児(じょうじ)と東園寺(とうえんじ)崋山(かざん)の準決勝第1試合で3000人近い大観衆に火がついたのかもしれない。無音の熱気が会場の空気をふくらませているようだ。身体(からだ)に直接空気の圧力を感じる。 「遅いぞ、なにしてんだ」  先に会場に戻っていたクニがタツオの顔を見るといった。うなずきだけ返し、試合場の向こう側に目をやる。佐竹(さたけ)宗八(そうはち)元軍曹はいつもの格好(かっこう)だった。上半身はカーキ色のタンクトップで、下は日乃元(ひのもと)軍の迷彩軍パンだ。額(ひたい)に鉢巻(はちまき)を締め、長大なハンティングナイフをもてば、いにしえのハリウッドの軍事アクション映画『ランボー』のようだった。だが、佐竹の肉体はあの映画の主人公のようなボディビルで造りあげた見せかけの筋肉ではなかった。引き締まった身体中に走る刀瘡(とうそう)や銃創(じゅうそう)が戦場での過去を物語っている。100人を超す敵兵を殺害しているという噂(うわさ)が進駐官養成高校では流れていた。もっとも直接、その事実を佐竹に確認した生徒は存在しなかったが。
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