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 タツオはそのまま視線をカザンの陣営に流した。おかしい。とり巻きの姿は見えるが、決勝に進んだカザン本人はその場にいなかった。自分の試合を見ようとは思わないのだろうか。あるいはジョージが放った第3の発勁(はっけい)によって、なにか予想外のアクシデントがあったのだろうか。 「準決勝第2試合、逆島(さかしま)断雄(たつお)対佐竹宗八」  タツオは顔をあげ、観客席を見渡した。来賓席には勲章をむやみにぶらさげた将官に混じり、兄の逆島継雄(つぐお)作戦部少佐の顔も見える。無表情の冷ややかさで、一族の誰よりも優秀だった兄が見おろしてくる。口は閉じたままで声援はなかった。  東園寺派の高官の間には、カザンの妹・彩子(さいこ)が純白の進駐官礼服で座っていた。ごつごつとした岩場に咲いた白百合のようだ。タツオと目があうと、肩の高さまでちいさく手をあげ、手首の先だけ振ってくれた。東園寺派の真ん中で逆島家を応援するのは気が引けるのだろう。
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