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何もなかったと思いたい、なんて都合良過ぎると思ってた。
颯汰君の顔を見ることも出来なくて、避け続けてしまった。
「そ、そうなんだ……」
呟いた声は思う以上に安堵し切っていて、私は慌てて口を手で押さえた。
颯汰君は肩を竦めて苦笑した。
「そこで安心しないで下さいよ」
「ご、ごめんっ!」
颯汰君は溜め息をつきながら私を振り返った。
そして、曖昧な笑顔を私に向ける。
「……まだ保科さんに心があるなら、ちゃんと決着つけて下さい」
「颯汰君……」
「そしたらその時は……。僕も遠慮しないから」
颯汰君は再び私に背を向けて、今度は何も言わずに会議室から出て行った。
私はその背中を見送りながら、私の中の鳴海を思い浮かべた。
颯汰君へも松本さんへも曖昧な態度しか返せないまま。
そんな自分がすごく嫌だからこそ、鳴海とちゃんと訣別しなきゃいけない。
そうわかってるのに。
私はどうして。
こんな気持ちで動けないまま、一体いつまで、鳴海の名前を、呼び続けるんだろう。
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