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「いいって。さすがに、金井とお前二人だけ残して帰る訳にもいかないだろ」
軽く笑い飛ばす宮野さんの声に、思わず身体が硬直した。
私と同じように鳴海も黙り込んで、それを宮野さんが笑う。
「保科が結婚しても、全然諦めてないのわかるもんな。
今日だってミスが発覚してから直ぐに『私、残れますから。出来ること、手伝います!』って。
……傍から見れば、健気だよなあ。これじゃ、このまま残して行く訳にもいかないだろ。
お礼に食事連れてってとか言われたら、さすがに保科も断れないだろうし」
「ありがたいアシスタントだよ」
どこか素っ気ない鳴海の声。
「ただのアシスタントだったらな。あれ、下心ありってバレバレだし。
ちょっと前までならともかく、お前結婚したんだし。もっと毅然と断るべきなんじゃないのか?」
冷やかすようで、咎めるようにも聞こえる宮野さんの声。
「ただの仕事の後輩だし。『仕事』でしか関わってない」
「それで金井が図に乗ってるんじゃないか。
……お前がそんな態度だから。金井が諦められないのも、なんとなくわかるぞ、俺」
宮野さんの言葉は、傍から見たら結構当たり前の見方だと思う。
だけど鳴海は少しの間黙った後、大きな溜め息をついた。
「……なんか、疲れた。もう勝手にしろよ、って感じ」
「はあ?」
「結婚しようがしまいが、俺は何も態度は変えてない。
それで勝手に誤解するならすればいい。……俺にどうしろって言うんだよ」
「……保科?」
不機嫌な鳴海の、ぶっきら棒な言葉。
「……俺が変わらなきゃいけないのかよ……」
スウッと。足元に全部血の気が下りて、そして冷たくなっていくような気分になった。
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