5583人が本棚に入れています
本棚に追加
普通の顔をして、来たばかりの通用口を通り過ぎる。
ほんの少し警備員の視線を感じたけど、そんなの全然気にならない。
ただ真っ直ぐ前を向いて、ビルから出るのに必死だった。
都会の夜の冷たい空気が身体に纏わり付くのを感じて、私はやっとホッとした。
同時に、張り巡らしていた気が緩む。
それでやっと、頬を伝う涙に意識が向いた。
「……っ……ふ……」
嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えて、私は泣き声を両手で抑える。
『疲れた』なんて。
いつも自信に満ちて強気な鳴海が口にした言葉だなんて、信じられない。
それを私が言わせた。
私に向かって言わせてしまった。
一時とは言え、私は鳴海の特別に、鳴海の『妻』になったのに。
一生の愛を、幸せを誓ったはずなのに。
嫉妬に狂って、傷付いてもがいて、冷静になれなかった。
自己中な我儘ばかりを募らせて、一番大事なことを忘れていた。
信じられるか、られないか、じゃない。
信じようっていう意志を持つことを、私は最初から放棄してしまっていた。
最初のコメントを投稿しよう!