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表情を変えない松本さんの口から漏れた言葉に、原さんが破顔した。
その声に背を押されるように、私も顔を上げた。
原さんの嬉しそうな横顔を見ながら、ホッと胸を撫で下ろす。
去年までなら割とすんなり通ってた純新規案件も、稟議が下りなくて難しくなってる状況。
なのにこの案件が勝ち取れるなんて。
原さんが他の取引交渉を上手く進めた結果としか言えない。
「おめでとうございます、原さん。稟議下り次第、契約アメンド出来るように、書類の準備進めておきます」
私がそう言うと、原さんは子供みたいな笑顔を私に向けた。
「ありがとうございます、一ノ瀬さん! 一ノ瀬さんが松本さんに根気よく交渉してくれていたおかげです。
本当に助かりました」
「い、いえ、私はそんな……」
かなり高いテンションでお礼を言われても、私は通常の仕事しかしていない。
特に念を入れてネゴった訳でもないのに、ここまで喜ばれたら正直戸惑う。
「原。稟議については承諾したが、上がって来た稟議に不備があれば容赦なく差し戻すぞ。
それだけで契約日は相当ずれ込む。詰め、甘くなるなよ」
原さんの喜びように苦笑しながら、松本さんは書類を持って立ち上がった。
それを見て私も無意識に立ち上がる。
「あ、あの、松本さん」
「何?」
同じタイミングで立ち上がった原さんの視線を感じながら、私は一瞬言葉に躊躇した。
言いたいことはあったのに。結局私は、グッと頭を下げるしかなかった。
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