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「いえ、なんでも。そう言えば、今朝、話があるって言ってましたよね? 良ければ今聞きますよ」
スラックスのポケットに両手を突っ込んで、颯汰君は首を傾げてクスッと笑った。
確かに、原さんとの外出前に、颯汰君に声を掛けていた。
「え? でも……」
颯汰君からの申し出にほんの少し困惑して、私はつい辺りを見回した。
会議室が並んだ廊下。直ぐ横の会議室からは、微かに人の声が聞こえる。
こんなとこで立ち話に出来る内容物じゃない。
だけど颯汰君の時間を割いてもらう立場として、ここじゃちょっと、とは言い出しにくい。
「……人目につかない方がいい話、ですか?」
私の反応を確かめてニコッと笑うと、颯汰君も私と同じように辺りを見回した。
「一ノ瀬さんがこんなに改まって、ってことは。十中八九『返事』ですよね?」
「う……、うん」
簡単に言い当てられて、更に緊張が増してくる。
「僕は誰に聞かれても困らないけど……。一ノ瀬さんは、気になりますか?」
「ごめん」
「いいですよ。じゃ、場所変えましょうか。
……この時間ならまだ昼時には早いから、食堂とか。ほとんど誰もいないと思いますけど?」
そう言ってエレベーターホールの方向に目線を動かして、颯汰君はさっさと歩き出す。
緊張する自分を落ち着けようと大きく息を吸って、私もその後を追った。
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