【5】ふたりで生きる

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制作中に? 過去にはあり得ないこと。彼女はさらに混乱する。 空咳をしてから、掠れた声で応えた。 「なあに?」 「カナ」 政は言う。 「なあに」 おうむ返しに加奈江は応える。 「……カナ」 「何でしょう?」 「いや、いい」 彼は首を一度振る。 どうしたのかしら、と加奈江は小首を傾げた。 「俺、教室をいくつか、任されることになった」 「え?」 「まだ、俺も学生だから……先生みたいに四六時中始終面倒は見られないけど、まずは小さい教室から。週に1回とか、授業のない週末に指導するところから始めようと思う。わずかだけど、給料ももらえる。今後のがんばり次第だけど」 「独立するということ?」 「そんなに大層なことでもないけどな」 とんでもない、大層なことだ。 「よかった、おめでとう」 知らず声はうわずり、喜びを伝えるものになる。 彼は書の道で生きると言い続けてきた、その夢を実現させる一歩なのだから。 もっと的確に思いを伝える言葉があればいいのに。おめでとう、と何度も口にした。 「ありがとう」 短く応える声は、照れを含んでいた。 ああ、でも。 そのことと、今日、この場に呼ばれたこと。 何の関係があるのかしら。 「……カナ」 政は一度も振り返らず、言う。 「なあに」 いつものように加奈江も応えて言った。 「カナ」 「何です?」 ほう、と政は大きく息を吐いた。 「呼ぶと、いつも返事してくれるよな」 一瞬、返答に迷い、言葉が出ない。 かわりに「うん」と応えた。
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