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「俺、思っていたんだ、高校の時から、お前が後にいるのが当たり前になっていて。振り返った時に誰もいないのが、そっちの方が普通だったのに、今ではひとりでいる方が心許ない……。耐えられないと思うようになった」
ことり、と筆を置き換えて、政は続ける。
「覚えているか? 以前、カナに言ったこと。俺から言うから、と言ったこと」
「え?」と加奈江は顔を上げた。
りん、と胸の奥の鈴が鳴る。
一日たりとも忘れたことなんかない。
姉が出産した日。政と自宅の台所でふたり、当人同士は大まじめだったけれど、端から見るとままごとのような、将来の約束をした。
加奈江にとって、とても大切な、祈りに近い約束。
「俺、いつもお前と一緒にいたい。書を書く時も、普通に暮らす時も、どこかへ行く時も、明日も」
指先がかたかたと震えた。
しっかりして、私。落ち着いて。
彼の言葉を、ちゃんと聞いて。
「一緒になりたい。苦労させるかもしれないけど……結婚してくれないか、俺と」
加奈江の心は、うれしさで弾ける。
静かに語る彼の顔を、見てみたいと思った、間近で。
でも、今の私の顔を見られるのは恥ずかしい。
だって……きっと、変な顔をしているだろうから。
「うん――」
加奈江は即答し、あわてて言い直した、「はい」と。
後ろ手に、加奈江へ差し出される政の手に指を絡める。
この人と、やっと手を携えて生きていける。
「ありがとう。……宜しくお願いします」
口にした声がうわずって、涙声になった自分がおかしくて、感極まって。
加奈江はぽたぽたと畳の上に涙をこぼした。
涙のひとしずくが、ぱたっと政の手の甲に落ちる。
彼の指がひときわ力強く、求めるように彼女の手を握り締めた。
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