【5】ふたりで生きる

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彼は考え事をしている時はのろく、何か心にかかることがある時は速く歩く。 その日の政はいつにも増して歩調が早かった。 加奈江から三歩以上水をあけて先を歩く彼は急に立ち止まり、彼女はその唐突さに避けられず、彼の背中の真ん中にぶつかった。毎度のことだった。 先を行く政が急に立ち止まって加奈江が背中に突進するのは毎度のことだった。 「どうしたの、急に止まって」 近頃では加奈江も黙っていないので、鼻を押さえながらぷうぷうと文句を言う。 「お化粧が服についちゃうわよ!」 政は肩越しに振り返り、憮然とした表情をする。 「……するな」 「え?」 「髪、下ろすな」 今日は久々に彼と長くいられる日だから、いつも以上に髪の毛にブラッシングしたのに。 「変だった?」 気に入らなかったの、加奈江はかなりしょげる。 「違う!」 いつもなら可でも不可でも「うん」と言ってから言葉を繋ぐ政は、ぱくぱくと、グッピーのように口を開けたり閉じたりして、「あー、もう」と頭をかきむしり、言った。 「いいから、髪はしばっておけ! スカートも、短い!」 最後の方はもごもごと歯切れ悪く言った後、ぷいと前へ向き直り、またスタスタと先を行く。 「え?」 しばらく反応に迷った後、一拍も二拍も遅れて、後を追う彼女は、くつくつと笑った。 やだ。彼ったら。 照れてるんだわ。 そして、自分の方へ後ろ手に伸ばされた政の手の平に指を重ねる。 握り返される手が、熱い。 このぬくもりがうれしい。 歯の浮くようなことは一言も言わないけれど、全く知らんぷりもしない。 お互いの距離感が心地良い。
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