事例1:恋愛オンチの私。

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確実に、今、朝日君は私の髪を、触っている。 正しくは後頭部なんだけど、その手つきが頭を撫でるより髪に触れられている気がして。 こんな時なのに、毎日トリートメントを欠かさないでよかったと思ってしまった。 恥ずかしさと緊張の極みの中で、後頭部に感じる朝日君の手のひらの感触を心臓が止まる勢いで受け止める。 普段バスケットボールを操るこの大きな手は少し骨ばっていて、女の子のものとは全く違う堅さをしていた。 何かを探るような手の動きは、本当にいい子いい子をされていると錯覚してしまいそうなほど柔らかく優しい。 恥ずかしくて泣きそうなのに、それがすごく心地よくて、うっかり私は目なんか閉じてうっとりしてしまった。 不意にその手が止まる。 「あ、なにこれ。たんこぶできてる」 これ以上恥ずかしいことなんかないと思っていたのに、人間ってどこまで欲深いのだろうか。 恥ずかしさをすべて体験しなければならないかのように、怒濤の如く恥を溢れさせた。 失笑にも似た、笑いをこらえるみたいな笑い声が頭上で聞こえる。 今度は形を確認する仕草で頭が撫でられた。 「でかそう...痛い?」 聞かれて首を横に振る。 痛みなんて全くない。 あるのは羞恥のみ。 「てか、西野谷の髪やわやわでさわり心地いいな。つるつる」 軽くシレッと、あっさりそんなことを言われてまた頭が煮えた。 それにはもう何か言葉を返すことが出来なくて、ただ俯いたまま顔面を真っ赤にさせた。 「はいはいはいはい、二人の世界なとこ悪いんだけど、彼女大丈夫なのかよ」 悶絶寸前で、次の言葉なんかをこっそり探っていた私に救いの手がさしのべられた。 恐る恐る顔を上げて覗き見たそこには、朝日君と同じクラスでいつも仲のいい深瀬徹(ふかせとおる)君が半ば呆れた顔で立っている。 「あ、深瀬君」 ぽろっと、名前が出た。 乗せられた手が不安定に飛び跳ねた気がしたのは、思い過ごしだろうか。 「あれ、俺のこと知ってんだ」 そばまで来た深瀬君が朝日君とは違う方に腰を下ろす。
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