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用事を済まし、人混みから逃げるように浅草寺から遠ざかっていると、正面からやってきた中年男性が寛子にぶつかった。
「失礼」
男は会釈して通り過ぎようとしたその時、すぐ近くにいた若い薬の行商人が、男の肩を掴んだ。
「待ちな。いまこの御婦人から盗んだものを置いていきな」
「なんのことでござんしょう」
男は素知らぬ顔である。
すると、薬屋の若者が男の腕を捻り上げた。
「いだだだだだだ!チッ!この野郎、持ってけ泥棒!」
中年の男は懐から巾着袋を取り出して地面に叩きつけると、走って逃げ去った。
その巾着袋は寛子のものである。
「泥棒はどっちなんだ、まったく」
薬屋は巾着袋を拾って汚れをはたいて落とすと、ポカンとやり取りを眺めていた寛子に差し出した。
「お気をつけておくんなさい」
「はぁ。どうも。目がいいんですね」
寛子はおずおずと受け取りながら、首を傾げた。
「こんなの盗って、何をするつもりなのかな」
ズシリと重量感があったので、
「おや、大事なものではないので」
と薬屋が不思議がった。
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