第1章

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 「お隣、座っても?」  電車に乗り込んで来た女性がふと訊ねて来た。 特に断る理由もないので「どうぞ」と返事をすると、女性はすみませんと私の隣にスカートの裾を伸ばしながら腰を掛ける。  女性はふと奇妙な事を訊ねて来た。  「“和美さん”……ですよね」  女性は初対面にも関わらず私の名前を知っていた。 似た顔がいるので人違いで声を掛けたのかも知れないが、  「どうして私の名を?」  と訊ね返すと、  「一緒に旅行をしたではありませんか。覚えて無いです?」  私は生来、旅行が好きで様々な観光地を電車で廻って来たが決まって一人旅だったので、誰かと旅をしたという記憶は無い。  「え、ええ。記憶にありませんが」  すると女性は、  「でも私はちゃんと覚えてますよ。美味しそうにご当地の駅弁を食べる和美さん。お土産に目を輝かせる和美さん。シートで眠る和美さん。とても、とても幸せそうだった」  そう話す女性は少し表情に翳りを見せた。  「どうして其処まで、ひょっとして」  「見てたと言うより、ずっと一緒に旅してたから覚えてますよ」  私とずっと一緒だった? 女性の話す事が少し不気味に思えて来た。
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