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「そうですか。ご兄弟は?」
「主人は長男で弟が一人いたんですけど、既に亡くなっています。義父と同じ病でした」
「大変でしたね」
「ええ……。それで、今日お伺いしたのはその主人の事なんです」
「ご主人ですか?」
早蕨は、良子が気持ちを奮い立たせるように深く呼吸するのを見て、居住まいを正す。隣のガンさんは最初から隙のない体制で微動だにしない。
「はい。主人が……主人は警察から、ある事件の犯人だと疑われているようなんです」
「ご主人がですか」
早蕨は先ほどと同じ言葉を芸なく返した。タイトは相談者自身が容疑者だというような事を言っていたが、聞き違えたのだろうか。
「それは、どんな事件なんです?」
「殺人事件です」
「……!」
良子の思いつめた表情から重大事件である事は予期していたものの、テレビからしか聞いた事のない単語をさらりと言われて、早蕨は絶句した。
「ニュースにもなっている事件です。先週、日高市の農道で男性の死体が発見されたんですけど、その方は英彦山建設の社員さんだったんです」
その事件の事は早蕨も知っていた。吸血鬼が出現したなどと面白おかしく騒がれていて、亡くなった人物には失礼な事だと思っていたが、その関係者が今、目の前にいるとは。
「良子さんは、その方とは面識がお有りだったんですか?」
「いえ。でも主人は昔その方の直属の上司をしていた時代があったようです。実の息子でもまずは現場での経験を積ませるというのが義父の方針でしたから、もっと若いころは色んな部署を転々としていたんですよ」
「そうですか。それで、何故ご主人が容疑を掛けられているんです?」
「亡くなった当日、その男性の携帯電話に主人からの着信履歴が残っていたそうです」
会社の社長が昔の部下の携帯電話に連絡するという行為が、どの程度怪しいものなのか学生の早蕨には見当もつかない。連絡する理由なんか、いくらでもありそうなものではあるが。
玄関先が騒がしくなって、談話室のドアガラスから目をやると、タイトが帰って来たところだった。涼香ちゃんが両手を広げるジェスチャーで、タイトに満足そうに何かを報告している。タイトは早蕨と目を合わせると、涼香ちゃんにスリッパを渡してから談話室に入って来た。
「やあ、ようこそお越し下さいました! 藤川タイトです。留守をしていて失礼しました」
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