第一章

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「あ、廣木です。よろしくお願いします」  良子は礼儀正しく立ち上がると、折り目正しくお辞儀をした。タイトはさらに深々とお辞儀を返す。奥にいたガンさんが、涼香ちゃんを引き受けて談話室を出て行って、何故かタイトも後に続いて出て行った。 「……あれ?」  取り残された早蕨が、事態を呑み込めずに狼狽える。視線で話しの続きを促してくる良子にひとまず着座を促して、自分自身も緩慢な動作で腰を下ろす。やはり話を続けるしかなさそうだ、と早蕨が健気な覚悟を決めた時、再び談話室のドアが開いた。  タイトが両手に湯呑を抱えて立っていた。食堂からお茶を持ってきたのだ。  出水台ハウスは元々会社の独身寮だったから一階に大きな食堂があって、住人は自由に使えるようになっている。そのため各部屋にはキッチンは無い。 「どうぞどうそ!」  タイトは目の前で急須から注いだお茶をテーブルに置いて良子に差し出す。このお茶も住人が共用しているが、小百合さんのこだわりで茶葉は狭山茶の高級品だから、おもてまし用としても利用できる。  早蕨は、来客にお茶も出していなかった事に恥じ入りながら、奥の方へ小さく体を除けてスペースを空ける。タイトは元気よく「ありがとう!」と言って、ふわりと座った。 「それで、話はどの辺まで進んだの?」  そう問われた早蕨は、お茶出しの事ばかり反省していたから、記憶を整理するのに少しだけ時間を要した。 「えーっと。相談の内容は、廣木良子さんのご主人、廣木稀介さんが殺人犯の容疑を掛けられているというものです。ほら、日高市の吸血鬼事件ですよ」 「うん」 「それで疑われている理由は、被害者の携帯電話に稀介さんが電話をかけていたかららしいんですけど、根拠としては弱いですよね」 「そうでもないよ」 「被害者と稀介さんは昔、部下と上司の関係だったそうです。今は部署が違うにしても、電話くらいしたっていいじゃないですか」
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