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「犯人は会社の社長、廣木稀介でした。半年前、ご主人は廣木の指示で産業廃棄物の不法投棄をしました。それだけでもご主人はかなり悩まれていたんだと思います。その後、その廃棄物をホームレスが燃やしたことが原因で青酸ガスが発生し、ある女性が中毒死いたしました。その記事を見つけたご主人は、黙っていることが出来なくなって、不法投棄を自首しようと考えたのです。当然廣木社長は引き留めました。昨今はネットですぐに情報が暴かれるように、すぐに青酸ガス中毒事件と関連付けられてしまうでしょうからね」
「ネットは怖い、朋もよくそう言っていました」
「そうでしょうね」
美乃は当然のようにそう応え、続けた。
「ご主人の決意は固かった。そのために準備をして、あなたと離婚までしたんですから」
「……えっ」
事件の説明の中に突然離婚の話題を出され、愛莉は戸惑い理解するのに時間を要した。
「どういう、意味ですか」
「ご主人は浮気なんてしてませんでした。ここ半年の行動を全部洗いましたけど、そんな事実はありません。ご主人が名前を出した上沢村美津代さんも、毛呂山町に住む五歳の女の子の他、どこまで探しても存在しません。ちなみにその子の母親が、青酸ガス中毒で亡くなった女性です」
「……!」
「そう。浮気では無かった。ではなぜご主人は貴女と離婚したかったのか。その動機はご主人が最近購入した本に書いてありました」
山縣朋がこのところ購入していた本。それは『犯罪者の成功と失敗』や『塀の中の九百日』といった犯罪者に関するものに偏っていた。
「共通点があるんです。それらの本には一様に、加害者の家族がその後どんな目にあってどんな人生を送ることになるのかが書かれています。被害者遺族へ賠償し続けるだけの生活。会ったこともない他人たちからの執拗な攻撃。子どもの就職や結婚への信じられないくらいの障壁。ご主人は、何としてでもそれらの事から家族を断ち切りたいと考えました」
愛莉は全てを悟った。瞬間視界が圧縮されるように狭まり、指先がしびれて震える。
「マスコミに煽られたネットは酷いものです。倫理観の無い悪徳企業と、か弱き被害者の女性。善意でボランティアを行っていたその女性には、幼い子どもがいた。そんな関係図が直ぐに描かれるんです。とかくネットの方々は、利益優先の企業には非常に厳しくあたりますからね」
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