第四章

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「……なぜ、朋は私に打ち明けてくれなかったのでしょう」 「あなたはその答えを知っているでしょう。打ち明けたら貴女が離婚に同意するとは思えません」  美乃に指摘された愛莉は、唇を結んで肯いた。 「ご主人はあの日、上沢村美津代さんの母親の月命日にお参りに行きました。その日は強風で電車が遅れ、帰社するのも遅れました。ひとり残業して事務を片付け、その後入ったクレーム対応の準備をし、会社を出たのが午後十一時。毛呂山町に墓参りをして、夕食を摂り、帰りの道で廣木社長の車が三角停止板を出して止まっているのに気付いたのが午前二時少し前の事です」  柚奈が美乃の話を聞かないように面倒を見ていたタイトは、話が佳境に入ったと判断して塗り絵を取り出した。勝負だよ。いたずらっぽく言って塗り始めるその色彩は柚奈のそれと甲乙つけがたいもので、確かにいい勝負だった。好敵手の登場に柚奈も本気で塗り絵に挑む。 「まさか社長が自分を殺そうとしているなんて、思いもしないご主人は、てっきり社長の車が故障したのだと思いました。車を降りて近づいてくる山縣さんに、廣木社長はパンクしたタイヤを交換したと言ったそうです。修理は終わっていると言われた山縣さんは、その時にクレームの件を報告しました。問題が大きくなる前にエスカレーションするのは英彦山建設の社風として徹底してましたし、廣木社長はもともと直属の上司でした」  ここまで話して美乃は言葉を止めた。生々しい殺害現場の状況を詳細に描写するのは酷というもので、だから淡泊な口調で事務的に先を続けた。 「凶器はガーデンフォークでした。ガーデニングに使うスコップ程の大きさのフォークで、先が二又に分かれているものです」  廣木社長は趣味の園芸作業でガーデンフォークの先端部分の鋭利具合をよく見ていたため、すぐに凶器としての利用を思いついたそうだ。山縣は腰を痛めてコルセットを巻いていたため腹に刺すのは失敗する虞がある。そこで廣木は、山縣の気を逸らせて背後から思いきり、首筋にガーデンフォークを突き立てた。
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