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「……!」
愛莉の瞳が、突然涙を溢れさせる。
これまで見えなかった不可解な点が今、はっきりとした色彩をもって浮かび上がる。
胸の奥で、彼が照れたように最期の言葉を呟いた気がした。その優しい笑顔が最後に会った日の横顔と重なっていく。
母の様子を心配そうに柚奈が見つめる。右手にはいつの間にが金色の鈴を握っていた。
「山縣さんは亡くなられる時、金色の十字架を握りしめていました。長崎に旅行した時に、柚奈ちゃんに買ってあげたハンドベルの部品です。彼はそれを肌身離さず持ち歩いていたようです。そして、祈るような気持ちで最後の力を振り絞って書いたのは、貴女への変わらない愛の告白でした。山縣さんはどこまでも貴女を愛していたんです」
愛莉の脳裏に、命消えゆく山縣の凍えるような姿が浮かび上がる。意識が朦朧としてまともな判断も出来なくなった状態で彼が望んだものは、生存でもなく告発でもなく、ただ一つ、愛莉の幸せだった。
地に倒れ、起き上がることも出来ず、流れ出る血液に体温を失いながら、もはや自分の手で彼女を幸せにすることは出来ないと観念するのは、どれほど悔しいことだったろう。もう彼女の事を支えてあげられない。困難に直面していてもそばにいてやることすら出来ない。一緒に笑いあう事も、娘の成長を喜び合うことも、ただ見守ることさえも望めないのだ。
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