第一章

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「いや。被害者は車を降りて少し離れた農道で殺害されていた。あたりは何もない場所だから、呼び出されたか、呼び出したか。いずれにしても待ち合わせをしていたと考える方が自然だよ。時間もあんな夜中だし、たまたま車を路上に停めて農道に向かったら偶然殺人犯に出会った、というのは考えづらい。そして事前に待ち合わせしてたのなら、もっとちゃんとした場所を選ぶだろうから、その呼び出しは急なものだったんじゃないかな。稀介さんは被害者の携帯電話に何時くらいに電話を入れたんです?」  タイトの説明に次第に表情を曇らせていた良子は、その質問に慌てたように答えた。 「その日の、というか事件の前の夜七時前です。その方が無くなったのは日付が変わった後みたいですから」 「そうですか。急な呼び出しと想定するには、ちょっと時間が開き過ぎてるな」 「そうなんです! それにその前にもいくつか着信履歴はあったようですし」 「だとしたら、稀介さんは容疑者の筆頭候補というわけではなさそうですね」 「それが……」  言い淀んだ、というよりも昂ぶる気持ちを静めるように一旦呼吸を飲み込んで、右手で胸を支えながら良子はゆっくりと話を続けた。 「主人が疑われている理由は、実はそれだけじゃないんです。主人は額に怪我をしまして。前の晩には怪我をしていなかったという事を何人もの社員さんが証言してます。だから警察は、被害者に抵抗されてついた傷だろうって」 「ああ、なるほど。そういえば肝心な事を聞き忘れてました。稀介さんは本当に無実ですか?」  タイトのいきなりのストレートな問い掛けに、今度は隣の早蕨が慌てふためく。 「せ、先輩! 何てこと言うんですか!」 「だって一番肝心な質問だよ」 「そうかも知れませんけど、聞かなくても当たり前でしょ」 「なんで?」 「それは、暗黙の了解っていうか……」 「都合のいい思い込みだね」  タイトは軽い口調で身も蓋もない事をいう。 「いいかい? 相談者と僕たちは共同体なんだ。同じ情報に立脚して同じ方向に目を向けてなきゃならない。期待のみに依拠した前提は持ってはならないんだ。例えそれが高度な蓋然性を有していたとしてもね」  そういうものかな、と早蕨は疑問に思う。良子がわざわざ相談に来た、という事実がそもそも夫は無実だという証明にならないのだろうか。
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