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この日は、秋にプロデビューすることが決定した瞬太の、初めてのソロライブだった。大学講師の笹塚教授が瞬太の腕前を見込んで知り合いのミュージシャンに紹介した。そのミュージシャンは、瞬太が作曲出来る事が分かると自分のプロデューサーに引き合わせた。人前に出るのが苦手な瞬太は、デビューするなんて全く考えていなかったが、そのプロデューサーは魔法のメイクとサングラスを彼に与えた。瞬太から萎縮が消えた。
「さあ、みんな。今日はみんなにとって記念すべき日になるよ。正真正銘、人前で歌うのは高校の合唱以来初めてらしいからね。彼はちょっと恥ずかしがりやだ。暖かく見守って欲しい。それでは、Go-Shun’sデビュー曲「告白幇助の夏休み」初ステージです!」
笹塚教授の声と入れ替わりに響くギターの音は、自然と体を動かしたくなる不思議な疾走感のあるビートで、一本のギターからリズムとメロディーラインが同時に鳴っているように聞こえるのは、テクニックだけでなく作曲の妙もある。
「すごい、すごい、すごい」
早蕨がリズムを無視してピョンピョンと跳ねながら、レポーターならすぐクビになりそうな語彙で感動を示す。
ガンさんは痛む部分に響くのか、しきりに腰をさすりつつそれでも神妙な面持ちで聞き入っている。
涼香ちゃんは美乃と手をつないで目を輝かせて足踏みする。
タイトは部屋の隅で、普段通りにこやかに微笑んでいた。
五分十二秒の演奏が終了すると、食堂内は割れんばかりの拍手に沸いた。
「さ、さ、アンコールは無いからね。みんな応援よろしく頼むよ」
笹塚教授が瞬太の前に出てきて手早く店じまいを始める。見た感じ一般聴衆の評価は彼の狙い通りで、アンプに繋がれたシールドを巻きながら、自分の眼力に喝采を送る。
ギターを置いた瞬太が周囲に挨拶をしながらタイトに近づく。住人は自分の知り合いが今後飛躍を遂げることを確信して誇らしげに拍手を送る。これからは堂々と練習することも出来るようになるだろう。
「ねえねえ。Go-Shun’sって名前、誰が付けたんですか?」
早蕨がなにやら含みを帯びた物言いで聞いた。
「笹塚教授だよ。やごう・しゅんた、で真ん中を抜き出してGo-Shun’s。おかしいかな?」
「いや、いいんです。そんな名前を付けるくらいなら、本名の方がいいのになんて、決して思ってませんから」
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