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両手を顔の前で振って大袈裟に否定するけど、早蕨の意見はあからさまだ。
「本名は、ちょっとやだったんだよ」
「でもなんだかグループっぽい名前ですね」
「そうだね」
この質問には秘密めかした笑顔を返して、瞬太はタイトに向き直る。
「タイト。ぼくらのグループに新しいメンバーを入れたいんだけど」
「ん?」
「務本大学の同級生。夏休み明けに出水台ハウスに越してくるんだって」
瞬太が手招きで呼んだのは、ペットのヒヨドリを大事にする心優しき大男、伊里ノ谷剛治郎。いつの間にか仲良くなっていたようだ。
「よろしく、な!」
「あ、うん」
快く返事を返しながらタイトは、この体が談話室に入るとなると、また狭くなってしまうな、などと考えていた。
ガンさんにも挨拶してくる。そういって瞬太は剛治郎を連れて行く。髪を立ててサングラスをするだけで、こうまで積極的になるんだったら研究対象として実に興味深いものだと思う。
美乃は涼香を連れて帰ろうとするところで、ちょうど食堂に入ってきた蒲生巡査部長に捕まっていた。タイトを見つけて手を振ってくる。
「どうしたんです? 今日は休みなんじゃ」
「俺たちに休日は無い。事件のある日は全て仕事なのさ。また不可解な事件がね」
「蒲生くん。初めからタイトたちを頼るのはどうかと思うわ」
「美乃さんの仰る通りです! だから今日は、ただの世間話をしに来ました」
美乃が溜息をついて、それを涼香が面白そうに見上げる。調子に乗った蒲生巡査部長が涼香にウィンクを返した。
「不可解な事件って、どんな事件なんです?」
「不可能犯罪だ。白昼堂々、交差点の真ん中で男性が殺された。周囲には数十人の歩行者がいたのに、誰も犯人を目撃していない。証言ゼロだ」
「衆人環視の中での殺人……」
そんな小説があったかも知れない。タイトは詳しい話を聞くために、談話室へと足を向ける。そこに早蕨が首を突っ込んできた。
「簡単なことじゃないですか。誰も見ていないなら、実際、犯人は見えない人なんです。……透明人間ですよ!」
「わかった。じゃあ早蕨さんはその線での調査を頼むね」
タイトはなにも軽くあしらっているのではない。それぞれの得意分野で力を発揮する。それこそが彼らのモットーなのだ。
勇気づけるようないつも通りのタイトの笑顔に、早蕨は急に改まった口調になった。
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