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その前にもう一人、コンビニで買ってきたようなアンパンをかじっているスーツ姿の男性がいた。馴染んだ様子で涼香にちょっかいを掛けているが、この男は実は出水台ハウスの住人ではない。
刑事部捜査第一課の蒲生巡査部長だ。
「蒲生さん」
「おおタイトか」
蒲生巡査部長は、タイトに呼ばれて振り向きながら、早蕨にも手を振ってみせるという忙しいことをした。
「今日は早いですね」
「このところ忙しかったからな。早帰りしてリフレッシュして、新鮮な頭で仕事に取り組むのも大事だ」
「また、行き詰まってるんですか」
「もっと言葉を選べよ。俺たちだって考えられる手は全て打っているんだぞ」
「これ以上は打つ手なし、って事ですよね」
「お前ねえ……」
呆れた蒲生巡査部長は自分の言葉の端をかき消すように、口の中にアンパンを押し込んだ。このアンパンは、賞味期限切れになっていた夜食用を同僚から貰ってきたもので、甘党の彼はこれと交互に缶のカフェオレを嗜む。
涼香の前にタイトが座り、カレーライスの減り具合を確認する。もともと涼香は食が細く、学童保育室で提供されるおやつも半分くらい残してくるが、カレーだけは別格でタイトが安心する程度の食欲を見せる。今日も変わらないその姿に満足して、タイトはガンさんに御礼を言った。ガンさんは、制するように片手を上げると、役目は終えたとばかりに腰を浮かせる。
「呑んですぐ風呂に入っちゃだめだよ」
「わかっとるわかっとる」
立ち上がったガンさんは、ひざが痛むのかリズムの悪い歩き方で徳利を流しへ運ぶ。既に夕飯の調理に取り掛かっていた早蕨が、うやうやしく片づけを引き受けた。
タイトは涼香の夕食が完食を迎えるまでもう少し時間を要すると判断して、真面目な顔で蒲生巡査部長に声をかけた。
「ところで、蒲生さん」
「ん?」
「例の吸血鬼殺人事件、どんな状況なんです?」
「はあ? そんなこと部外者に言えるか」
「そんなこと言わずに」
「そんなこと言うよ。捜査情報が漏えいでもしたら俺が懲戒されちまうだろ」
「僕は漏らさないから、ね?」
「ダメだ。どうしてそんなに知りたいんだ」
「実はあの事件、ウチでも手がけることになったんです」
蒲生巡査部長は一瞬あっけにとられた表情で、缶カフェオレを口許に運んでぐびりと飲み下した。
「お前が? なんで」
「それは秘密」
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