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彼女だけは、彼の真意に辿り着いていたのかもしれない。
真夜中だというのに、遠くの電車が線路の継ぎ目を通過していく音が耳まで届く。
無意識のうちに金色の塊を手に弄ぶのは、誰かに気付いてほしいという、彼女自身自覚すらしていない微かな救難信号で、しかしそれは余りにも小さすぎて誰の目にもとまる事は無い。
ふとした弾みに、彼と出掛けた長崎旅行を思い出す。
手をつなぎ歩いた祈念坂。
おねだりして買ってもらった可愛いハンドベル。
グラバー園で眺めた長崎湾からの心地よい風。
坂本竜馬を敬愛する彼が熱心に語った亀山社中の説明は、半分も理解できなかった。
幸せだった、そんな些細で大切な思い出を、いつしか彼女は忘れていくのだろう。
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