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建物の外へ出ると、冷たい木枯らしが茶色の落葉を宙に舞い上がらせていた。
ついさっきまで、幾分かの夏の気配が残っていたはずだが。
あまりの唐突な季節の変化に、改めて時間の経過を感じ、愕然とする。
入り口の門の脇に、黒いロングコートを羽織った女が佇んでいた。
一目で分かる。
かつてあれ程までも、会いたいと想い望んでいた愛美。
だが愛美は、今まで見せた事もない険しく冷やかな表情で、まっすぐ俺を睨みつける。
沙也が不安そうに、俺の腕を掴んだ。
「あなたは、達也なのね?」
「そうだ、神野達己はもういない」
「あなたたちが殺したのね、達巳を」
「彼は自分で命を絶ったんだ、愛美。 何で、彼を支えてやらなかった?」
愛美は建物を見上げて、ふっと白い息を吐いた。
「弱かったのよ、あの人は。ただ、それだけ」
「ずいぶん、冷たい言い方だな」
「私は何年もずっと達巳を待ち続けていた。あなたと偽りの日を送りながらね」
俺は言葉がなかった。
達也として僅かに残る本当の記憶でさえ、偽りのものなのか。
「でも、やっと帰ってきたあの人は、私の記憶にある達巳じゃなかった。こんな事態になったのは自分のせいだと、ずっと女々しく自分を責め続けてばかり。 私のことなんて気にも掛けてくれなかったわ。この辛さがわかる? 私がどんな思いで待っていたか、あなたにわかる?」
「……俺にはわからないよ、愛美。 だけど、俺も愛美との偽りの記憶をずっと胸にしまって、これまで生き抜いてきたんだ。辛かったのは同じだ」
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