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あれから女の子は猫を抱いてスタスタと路地を抜け通りに去って行った。俺には何の未練もないようだ。振り返ることもなかった。
何だろう。この不思議な感じは…俺は女の子を追いかけることなく、ビルの谷間へ隠れようとする刹那の最後の満月の輝きを眺めていた。美しい。美しかった。
月は満ち力を蓄える。そして月の力が頂点に達したところで欠けていく。
人は満月に向かい出生率が高まるという。新月に向かい今度は死亡率が高まる。満ちて欠けていく。月のリズムに影響され人は生きている。
猫と女の子が去っても、俺はただただ、その場に立ち竦んでいた。月が完全に姿を消し、ビルの影に隠れるまで……
その時は何でもないと思っていた。そして、俺は女の子と猫が忘れられなくなった。なぜだろう。
これは恋じゃない。一目惚れなど俺はしないし、その乙女チックなヤワな感情が嫌いだ。俺は恋をしたことがない。これからもしないだろう。
男と女にも落差があるだけだ。出会って上り詰めて満ちていき、やがて何かが欠けていき、そして別れる。その繰り返し。それだけだ。
じゃあ、これはなんだろう?女にフラれたら、また次にいけばいい。女も男も星の数いるのだ。いつもそうしてきた。
しかし、少女と猫と月……これらが一体となって俺の胸の奥に刷り込まれ、発酵していく感覚があった。これが恋でないならなんなのか……
確かめたい。俺の中の何かを。
夜の街に消えた女の子と猫。彼女らに再び会うのは難しいだろう。俺は何かを抱えたまま、借金取りに追われ、生きることに精一杯の日々に戻った。
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