月と猫と少女

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「そのへんにしといたら。」 「なんだてめ~。死にてえのか?」とスーツが女の子に向き直り歩を進める。 え……?可笑しさがこみ上げる。おいおい。なんだ。その3流映画みたいなセリフ。どっかで聞いたぞ。こんな状況だけど、俺は思わずプッと吹き出した。 スーツが聞きとがめ、クルリと俺に振り返り、睨みつける。恐い顔だ。眉間にシワが寄っている。やべー。 その時だ。女の子が猫のようにしなやかな動きでスーツに近づいた。音が全くしない。呆気にとられるような身のこなしだ。5mほどの間合いを一気に詰め、伸び上がると、スーツのネクタイに手をかけた。そして一気に引き寄せる。スーツの驚いた顔が残像となり目に焼きつく。女の子はスーツの顔に口を寄せる。 え?ドキッとした。キス?こんな時に……?チリチリと嫉妬心が湧き上がる。 いや、そんなはずないだろう。アホか俺は。 無理矢理向き直されたはずのスーツは微動だにしない。どうしたんだろう?女の子にネクタイを引っ張っられたままの不自然な姿勢でピクリとも動かない。女の子はスーツの耳元で、何事かを囁いている……ように見える。いや……なんだろう? スーツの表情がみるみると青白く変色していった。相当に嫌なことを言われてるのか?小学生時代に朝礼でお漏らしした思い出とか? 女の子が手を離すと、そのままボーっと立っている。やがて、一言もしゃべらず、フラフラと路地を出て去って行ってしまった。 え!うそだろ。なんで?あのしつこいスーツがなんで逃げていった?なんかヤバイ予感がする。 本当に小学校時代に朝礼で漏らしたのか?あのスーツ…… こちらに向き直った女の子の目がギラついている。真っ赤な唇。まるで…… 「き、君、取り合えずありがとう。助かったよ」俺は後退りしながら引き気味に言う。いつでも逃げられる体勢だ。 「ところで、あのぅ~。君ってアレかい?コレ?」俺は手刀で頬を斬るしぐさをして見せた。 借金取りの強面を引き下がらせる存在と言えばその筋の人しか思い浮かばない。どっかの親分さんの娘とか? フンと鼻で笑う女の子。 「そんなんじゃない。」 「でも、何を言ったんだい?あのスーツが黙って立ち去るなんて。」 それには答えない。 一体なんと言えばあのスーツが諦めるというのか?どうにも腑に落ちない。
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