プロローグ

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PEは浅い夢から目覚めた。じっとりと身体が汗ばんでいる。身体を綿布で拭った。 今夜半過ぎに国境の外に迎えの者が現われる。急いで身支度を整えた。物音を立てないようにそっと寝床を抜け出す。 父、アースチルは寝ているのだろうか?何を考えているのか。憂いをたたえた瞳でPEを見つめるだけで、いつも寡黙で何も語ろうとはしない。 PEは城の裏口扉を静かに閉めると、記憶の祭壇に続く道を急いだ。祭壇までは細い小道が続いている。水が流れた後のような緩いカーブを進んで行く。人影はないようだ。 出芽椎の木が張り出し高い天井を作っている。月明かりが枝葉をすり抜けフラクタル模様を足元に描き出している。葉のざわめきと共に足元の陰影が生き物のように蠢き、うっかり何かを踏んでしまいそうな錯覚に怯えた。 祭壇に辿り着き安堵の息をつく。何度も振り返って確かめたが追っ手はいないようだ。 父は私がいなくなったことに気付いているのだろうか?何もかも知っているような気がする。あの不思議な瞳が何もかも見通しているようで恐ろしかった。知ってて泳がせているのか。それとも本当に寝ているのか。PEには確かめる術がなかった。 祭壇をなるべく見ないよう、傍らを通り抜ける。「ククッ」と鳥の啼く声が夜の静寂を破り祭壇で共鳴したように思えた。PEはビクッと見上げる。 祭壇の上階は石畳になっていて、そこかしこに血の固まりが居座り続けるようにこびりついている。 父は残酷な性格ではない。なぜこんな儀式を何時までも続けるのだろう。PEは身重の身体を揺すり呟くように考えた。次回の血の神儀にPEのお腹の胎児が選ばれていることを知った時の衝撃。今思い出しても身震いする。 「男の子なら良い。血は伝わらない。隔世で伝わる。お前の娘には伝わる」と父は言っていた。どういうことなのか?女の子なら神儀にかけると言うのか? そんなことはさせない。どんなことがあってもこの子を守る。PEは固く決意していた。だが、一体、何処まで逃げたらいいのだろう。父の力の及ばない遠い地へ。森を抜け、川を渡り、砂漠を超え、海を進む。 闇は漆黒の度合いを深めていく。 祭壇から先は道なき道を行く。人の手が入らない深い森だ。PEは用意していた鉈を振るいじわじわと進んだ。月明かりの煌々とした光が、行手を示してくれる。この森を越えれば隣国の道に出られるはずだ。
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