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プロポーズされたのが大学三年の時。
それから半年ほどたった四年生の、まだ残暑の名残の頃に、紆余曲折ありつつも、ふたりはささやかな式を挙げることになった。
本当に学生の内に嫁いでしまうのね、と母は少しさびしそうに末娘の嫁入りの準備をする。
まだ若いふたり、政はそれなりに生徒を抱えてはいたけれど、経済的に自立しているとは到底言えないから、何事も簡素、節約を心がけましょう、と加奈江は宣言し、神社でぱんぱんと三三九度でいいからと、全ての花嫁仕度を拒絶した。
平服というわけにはいかないものね、と桐箪笥の引き出しを全部開けて物色し、結婚式にと普段着に毛が生えたくらいの着物と帯を選んだ。
「お母さん、これ貸して」とお願いしたら、「加奈江、あなたという人は!」と母も姉もそろって嘆いた。
「あなたは着物が似合うんだから。髪も長いのだし、地毛で高島田が結えるわ。打ち掛けも仕度も何もかも用意してあげるから!」
母は言う。それに娘はこう答えた。
「いいの。お金かかるし。私、背が高いから、間延びして見えるからいらない」
政と並んだら彼を追い越してしまいそうだし、との心の声は言わず。
鏡の前で着物を身体に当てながら、
「姉さんが、黒打ち掛けに角隠しの、美しい花嫁姿を残したのだからいいじゃない」
と言うと、
「この子は」
と言って母はさめざめと泣いた。
「親に、夢見させてあげなさいよ」
姉は子供をあやしながら妹をたしなめた。口が立つおしゃまな姪は母の言葉尻を取って「あげなさいよーう」と舌足らずな声で真似た。
姪のあどけなさに思わず頬を緩ませる加奈江も、母の嘆きがわからないほど鈍くはない。
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