追い風1000km・3 お母さんのおでかけ

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2014年春に運行を終了する747を記念して、様々な催し物が企画されている、その1つが、かつて飛来していた空港へ『里帰りフライト』するというもの。 今日はその里帰りフライト最終日、一往復限定で長崎に飛来した。 セレモニーもジャンボジェット再訪を祝ってのことだ。チャーター便ではなく、定期運航便の枠を使っている。今時は到着したその足ですぐ次の目的地へ飛び立つ。いくら懐かしの747が降り立ったからといって長居はできない。駐機時間は一時間未満。それっぽっちの時間しかない。 それは彼女にも言える。 五十嵐の指摘どおり、つい30分程前、この機に乗って東京から飛んできた。そしてあと30分もしないうちに折り返しで飛び立つこの機に再度乗り込み、東京へ帰る。 「何かあったのかい」 振り返った先、五十嵐の視線は秋良に注がれている。 「いいえ、何も」反射的な返答に、迷いが混じる。 「うそだね。女がひとり、所在なげにベンチに座る時は、ほぼ何かあったかあるかに決まっている。君の場合は特に」 「そうかしら」 「ああ。誰のせいなのかな、きみにそんな顔させるとは、断じて許しがたいね」 「ま、お上手ね、さすが口説きのこがらし君だわ」 「心外だな」五十嵐は肩をすくめた。 「僕程女性に誠実な男は他にはいないよ」 「はいはい、言ってらっしゃいな」 「信じてほしいなあ、特に君にはね」 職業柄、あらゆる「お誘い」文句には慣れっこになっている彼女の顔が曇る。 観光するでもない、ただ乗るだけの長崎行き。 今日は丸々オフでしかも日曜日だったのに、衝動的に家を出てしまった。 家族に何も告げずに。
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