追い風1000km・3 お母さんのおでかけ

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スマートフォンのアプリに、未読の件数がたまっていく。 あえて見ず、そのまま放置しているとどんどん数字がカウントされていった。 あー、もう。うるさいうるさい。 彼女はホームボタンを長押しした。 アイコンに黒いペケマークがつき、アイコンがぶるぶる震える。 アプリ、消しちゃえ。 黒バツをクリックすると。LINEのアイコンはあっさり画面から消えていた。 メールも、無視しちゃえ。 主電源を落として。真っ黒になった画面の先、窓の向こう側では、ぱかん、と非常口が開いている。 蓋を跳ね上げるように開いた扉から、複数の手が伸び、手を振っていて、それ以上の人の手が、こちら側でも振られ続け、双方止む気配がない。 つい、右手を上げ、ふりふりと。呼応するように手を振ってみる。 何してるのかしら。 ああ、きっとお掃除中なのね。 そうそう、二階席があったのだった、ジャンボジェットには。 すっかり忘れてたわ。あんな風にドアが開くことも。 無心になった瞬間だった、声をかけられたのは。 「水流添(つるぞえ)君?」 ここは空港、九州は長崎、地元民ではない彼女に、顔見知り程度はいても、軽く声をかけるような知人縁者はいない。 え、私ですか? と確認するまでもない。 一般的とはいえない名字の人間が、そういるとは思えないから。 そして、はい、私が水流添ですが何か? と問う必要もない。 この声にはなじみがあるから。 「奇遇だね、君がここにいるとは。どうしたの」 高遠秋良(たかとう あきら)は振り返った先にいる人物に答えて言った。 「こがらし君?」 『こがらし』と名指しされた人物は、憮然たる面持ちで立っている。 「そろそろその呼び方は止めて欲しいんだけどな」 「あら」 『水流添君』は肩を小さくすくめた。
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