追い風1000km・3 お母さんのおでかけ

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短くまとめたショートカットがなだらかな頭の輪郭に添い、凜とした印象を醸す。 何気ない装いやアクセサリーひとつ取ってもしっかり着こなし自分のものにしている。 笑顔にそってついた顔の皺はさすがに隠せないが、立ち振る舞いもどこか優雅で年齢を感じさせない。実年齢を言うと大概の人が目を丸くする。 本当に今年年女なのですか、三人の子持ちですか、と。 秋良の彼女の旧姓は水流添。専業主婦として家庭に入るのなら、婚家の姓を名乗れるしあわせは確かにあるが、今時は寿退社の方が珍しい。そうなると改姓に伴うデメリットの方が多いのが社会人だ。結婚後も職場での通称として旧姓を通す人は男女問わず多い。彼女も珍しい姓のメリットを生かし、旧姓のままで仕事を続ける道を選んだひとりだ。 「隣、いいかな」 ソファーの隣を指す彼に、どうぞと促した秋良は周囲を見回して言う。 「お名前をお呼びしても良かったのかしら。だってここは」 彼女に倣って『こがらし』も視線を動かす。その先には一般の乗客とは明らかにテンションが違う一群がいる。いわゆる航空ファンと呼ばれる人たちで、一様にリュックを背負い、カメラを複数持ち、スマホを駆使して滑走路側を注視しているのだが、時折、『こがらし』を目配せしながら見る者もいた。 「あなた、一部では有名人ですから」 「僕?」 「ええ。五十嵐機長?」 小声で伺う秋良に、『こがらし』こと五十嵐は頭を振った。
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