追い風1000km・3 お母さんのおでかけ

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◇ ◇ ◇ 次男が「パイロットになる!」と宣言したのは10月の中頃。 大変な難関をくぐり抜け、厳しい身体測定にパスし、就いたら就いたで身が軋むような訓練と試験を繰り返しストレスに晒されつつ乗務する。それが旅客機の操縦士。体調管理が万全でなければあっさり乗務から下ろされ、チェックが通らないと失職もありえる。夢や憧れだけで続けられる職業ではない。 同僚は口を揃えて言う。パイロットは運が良い者の集合体だ、だから安心して乗られてくれ、と。 人生を運に委ねる生き方をしない者たちの言葉だ、半分は冗句、けどそれ以上に謙遜を乗り越えた自信に裏付けされた実績がある。 息子に、頑強な肉体と運、努力し続ける知力と気力が備わっているかどうかはわからない。が、目標を持ち、それに邁進する大切さは夫も自分も経験済みだ。今後の彼の人生上において悪いことは何もない。 次に、三男が手を上げた。「僕、えらい先生になる!」 数週間前、次男より数週間遅れて出かけた日帰り旅行から帰ってきてのことだ、自分達が結婚した時に仲人をつとめた、夫の上司にあたる恩師・武と偶然現地で落ち合ったと言い、そこで交わした会話が彼の琴線と知的好奇心をいたく刺激したらしい。 「はやく帰ってこないかなあ」と旅先からの帰郷を心待ちにしている。あれこれ聞きたい話したいことがあるのだと、話をしたくてたまらないのだと言う。武夫妻はふたりともかなりの高齢になるはずだ、「あまりご無理は出来ないのでは?」と父から聞かされた三男は唇をへの字に曲げた。「待ちきれないよう」と嘆く。 三男は元々勉強面で同級生たちより抜きん出ており、頭脳面での発達が息子と同学年の児童より年単位で早熟であると担任から言われる。頭の回転が速すぎて他の児童と同列に扱いにくいのが悩みどころだと。幸い、息子は友人達とは仲良くできているが、それも今のうち、学年が上がるにつれて差が開くと釣り合いが取れない可能性もあると。もし一般的な学校の枠にあてはまらないようであれば、彼にふさわしいステージを用意してやらなければならない。早く手元から旅立つ可能性も……否定できない。
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