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どう思う、香坂? なぁんて安田課長はさも楽しげに訊ねてくれたのだけど、それに答える余裕なんて微塵もない。
体中から、イヤな冷や汗がたらりと流れていく。
「おっと、そろそろカレーのルーを入れなきゃ。たくさん作ったんで、安田課長も食べていってください。今日のは、いつもより手が込んでいるんですよ」
僕から手を離し、颯爽とキッチンに向かってしまった笹木。
「相変わらず、誘い方が上手だな。どれどれ――」
茫然自失する僕を見ながら肩を竦めて、安田課長はあとを追っていった。
背の高い笹木の横に、細身の躰をくっつけて、穏やかな表情を浮かべている。
キッチンに仲良く並んでいる姿は、会社ではまず見られないふたりだ。あの人、あんな顔もするんだな――。
いつもどこか厳しさを漂わせる、とっつきにくい印象があったから、安田課長のそのギャップに面食らってしまった。
「香坂に食べさせるから、頑張ったんだろ。私のときは手抜きだったんだ?」
「そんなことはないですよ。安田課長に食べさせた料理に手抜きなんてあったら、速攻突っ込みいれられるのが分かっているし」
「だが、もう食べられなくなるんだな」
「……すみません」
淋しげに見つめ合うふたりに声をかけたかったけど、何て言っていいのか分からなかった。
僕が笹木に目をつけなければ、きっとふたりは付き合い続けていたのかもしれない。だけどそれは、ニセモノの恋なんだ。
笹木は僕のことが好きなクセにそれを誤魔化して、安田課長を身代わりにしたんだから。
これで良かったんだって思うのに、どうして胸が痛むんだ?
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