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「ほぉ……。その顔は、腹をくくったといったところか。どんな顔をしても悪人面に見えないところが、私とは違って香坂の利点だな」
「恐れ入ります」
「最初から私の笹木に手を出していたのは、分かっていたがね。お前が笹木の家で呑んだ次の日、会社で逢った時点で、気がついていたよ」
ああ。下田先輩の遺品を片付けていた、あのときか――僕の姿を見て、雰囲気が違うと指摘してくれたっけ。
刺すような視線が、僕から笹木に向けられる。
「なぁお前はどうやって、香坂に落されたんだ?」
「待ってください。どうして笹木に、そんなことを聞くんですか? 終わったことを知ったって、何の特にもならないでしょう?」
「何でって、私から香坂に鞍替えした理由が、素直に知りたいだけだ。元彼としては、正当な理由じゃないか」
そんなの知ったところで、笹木が戻ってくるワケじゃないのに。真実を知ったら間違いなく、安田課長がキズつくだけだろう。
「そこにあるソファで、香坂先輩にキスされました」
「笹木っ!?」
「抵抗したらネクタイで後ろ手に縛られて、それから――」
「やめろって! あのときのことを言う必要が、どこにあるんだっ」
声を荒げる僕の顔をじっと見てから、消え入りそうな笑みを浮かべて、力なく首を横に振った。
「いいんですよ、安田課長は知る権利がある。俺の恋人だったんだから」
ふっと視線を逸らし、安田課長のことを見る。寂しげな眼差しを受けても、顔色を変えることなく視線を絡めた。
「抵抗する俺を尻目にワイシャツを引き裂き、あられもない姿にして、胸とかアソコとか感じる部分を念入りに弄られて……」
「ほぉ、イヤがるお前を無理矢理に」
告げられている卑猥な内容を耳にしても、ポーカーフェイスを崩さず、冷静に対処している安田課長の姿に、呆然とするしかない。まるで、業務内容を聞いているときのようだ。
「口ではイヤがってました。でも嬉しかった……。香坂先輩が俺の感じる姿を見て悦んでいるのが。もっと悦んでほしくて、自ら腰を振ったんです」
言い切ってしまった笹木にうわぁと思い、顔を歪ませながら額に手を当てた。あまりにも雄弁に語るせいで、口を挟む気にもなれない。
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