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号泣しながらテーブルをばしばしと手のひらで叩き、熱く語ってくれたけれど、何を言ってるのかまったく分からない――。
「そう言ってくれるがな、香坂も悪いところがある。付き合ってる相手がいると知りながら、お前に手を出したんだからな」
(安田課長、笹木のセリフを聞き取ったのか!? 何それ、愛の力!?)
「私の精神的苦痛を考慮してふたりに、慰謝料を請求してやろうかと思ったんだが」
「慰謝料っ!?」
この男のことだ、ふんだくれるだけふんだくって、財産を根こそぎ持っていく気じゃないだろうか。
「ふたりの愛し合ってる気持ちに免じて、終身刑で勘弁してやる」
「は――?」
「一応、恋愛裁判なんだからな。判決を下すのは当然だろう?」
安田課長はよっこらせっと声を出して、椅子からゆっくりと立ち上がり、傍に置いてあったカバンを手に取る。
「終身刑って、あの……?」
「死ぬまで、笹木を愛しぬけと言ってるんだ。それができないなら直接、私がお前に厳罰を与えてやるが、どうする?」
玄関に向かう背中に思いきって声をかけたら、振り向き様言われてしまった言葉に、困惑するしかない。
それだけじゃなく――僕を見ている視線がここにきたときに見た、躰に突き刺さるようなゾッとする冷たい眼差しで、それ以上は口を開くことができなかった。
「私としては、手のかかる部下は一人だけで十分だ。お先に失礼するよ」
――手のかかる部下って、笹木のことか?
そんなことを思いながら、安田課長を見送る。
テーブルの上で偽りの涙を流し、大号泣していた笹木が密かに、ほくそ笑んでいるなんてまったく知らずに。
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