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(安田課長、お疲れ様でした)
そんなメッセージを見終えるなり、スマホと入れ違いにポケットから煙草を手にし、火を点けた。
「やれやれ。昨日の疲れが、残っているんだろうか……」
喫煙室に設置されている椅子に座ったまま、タバコを咥えながら肩を上下させてみる。いつもなら美味く感じられるタバコが、その気配すらないなんて、相当重症かもしれない。
吸い始めて間がなかったが、あまりの不味さに口からタバコを外した瞬間、喫煙室の扉が音を立てて勢いよく開いた。
「安田課長発見! こんなところにいらっしゃるとは」
「タバコを吸わないお前が、こんな場所に来るなんて珍しいな」
手にした煙草を灰皿に押し付け火を消したら、にこやかな顔して傍に歩み寄り、立ったまま胸ポケットから、見慣れないメーカーの煙草とライターを取り出した笹木。
「財布の中身に余裕があるときと、精神的に落ち着きたいときだけ吸ってるんですよ」
言いながら煙草を咥え、実に美味そうに吸い始める。
「昨日は、いろいろありがとうございました。今までの苦労が実って、感無量です」
笹木の存在に気をとられたせいで、消しそびれた煙草をふたたび灰皿にぎゅっと押し付けて、きちんと火を消した。
「いやぁ、痺れましたよ。びりびりっと。あの終身刑を言い放ってくれたときの安田課長の顔は、ものすごく格好よく見えました」
「あのときはお前、大号泣していたじゃないか」
嘘がヘタクソだなと思いながら指摘してやると、首を横に振って、ひょいと肩を竦めた。
「見てましたもん、横目でしっかりと」
「それだけ器用なことができるのなら、香坂ひとり落すなんて、造作のないことだろう」
「落すことができるなら、1年以上も片想いしてないですって。だから安田課長に、こうやって頭を下げたんです」
(コイツに頭を下げられた記憶なんて、ひとつも思い出せないのだが――)
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