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亜紀の戸惑いに気付いたのか、高倉は亜紀を振り返って、ニヤリと笑う。
「斎藤、ちょっと箏爪貸してくんね?
さすがに、ガッコにまで爪は持ってきてねぇから」
「う……うん」
さすがに? ガッコまで? と疑問符を浮かべながらも、亜紀は素直に箏爪を指から外して高倉に渡していた。
「ん。サンキュ。
さすがにキッチィな」
……訳が分からない。
どうして高倉は、亜紀の箏爪を指にはめているのだろう。
どうしてその指が思った以上に繊細で綺麗だと、亜紀は感じているのだろう。
どうして。
こんなにドキドキしているんだろう。
「上手いと思ったら、歌えよな」
スッと姿勢を正した高倉が、そっと箏爪を絃にあてがう。
柔らかく動いた指先が爪弾くのは、亜紀が弾いていたのと同じ、ソーラン節。
……でも、違う。
表現される波は、うねりさえ見えてくるほどに荒々しく、カモメの舞う空は鮮やかで。
その景色の中を、荒くれ漁師を乗せた船が行く。
過酷な漁の中に、のびやかに声を乗せながら。
「……」
テン、と最後の音が紡がれるまで亜紀は、呆けたまま何も言うことができなかった。
「……んだよ斎藤。
俺の箏は、そんなに下手かよ」
亜紀の意識を呼び戻したのは、高倉の不機嫌な一言だった。
ハッと我に帰れば、色素の薄い瞳が亜紀のことを見据えている。
その居住まいは先程までヤンキー座りをしていた人間と同一人物とは思えないほどに、気品にあふれていた。
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