恋時ソーラン

7/11
前へ
/11ページ
次へ
 亜紀の戸惑いに気付いたのか、高倉は亜紀を振り返って、ニヤリと笑う。 「斎藤、ちょっと箏爪貸してくんね?  さすがに、ガッコにまで爪は持ってきてねぇから」 「う……うん」  さすがに? ガッコまで? と疑問符を浮かべながらも、亜紀は素直に箏爪を指から外して高倉に渡していた。 「ん。サンキュ。  さすがにキッチィな」  ……訳が分からない。  どうして高倉は、亜紀の箏爪を指にはめているのだろう。  どうしてその指が思った以上に繊細で綺麗だと、亜紀は感じているのだろう。  どうして。  こんなにドキドキしているんだろう。 「上手いと思ったら、歌えよな」  スッと姿勢を正した高倉が、そっと箏爪を絃にあてがう。  柔らかく動いた指先が爪弾くのは、亜紀が弾いていたのと同じ、ソーラン節。  ……でも、違う。  表現される波は、うねりさえ見えてくるほどに荒々しく、カモメの舞う空は鮮やかで。  その景色の中を、荒くれ漁師を乗せた船が行く。  過酷な漁の中に、のびやかに声を乗せながら。 「……」  テン、と最後の音が紡がれるまで亜紀は、呆けたまま何も言うことができなかった。 「……んだよ斎藤。  俺の箏は、そんなに下手かよ」  亜紀の意識を呼び戻したのは、高倉の不機嫌な一言だった。  ハッと我に帰れば、色素の薄い瞳が亜紀のことを見据えている。  その居住まいは先程までヤンキー座りをしていた人間と同一人物とは思えないほどに、気品にあふれていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加