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「い、や……
下手、なんかじゃ、なくて……」
むしろ、上手い。
部活の指導にあたっている師匠(せんせい)よりも、上手いかもしれない。
「俺な、十三絃の家元の長男なの。
将来は、俺が家元な」
十三絃、というのは、箏の別称だ。
師匠も時々、箏のことをそう呼ぶ。
「俺にとって、上手く弾けるってことは、当たり前だった。
家元だもんな。
ただ上手く弾けるだけじゃ、誰も褒めてなんてくれない。
どんなに上手い演奏を聴いても、それが自分にとって当り前ならば、感動もしない」
その気持ちは、亜紀にもなんとなく分かった。
上手く弾けることが自分にとって『当たり前』になってしまえば、それを他人に見せつけられても『だから、何?』となってしまう。
でも、そんなことをずっと思っていたら、心が凍ってしまう。
「でもな、俺、最近、感動したんだ。
お前の、ソーラン節」
愛おしそうに絃を撫でる己の指先を見つめていた高倉の視線が、もう一度亜紀へ向けられる。
「調弦も外れてて、技巧も追い付いていない。
……でもお前、ほんっと気持ち良さそうに歌うのな」
ひっどい音だと思って、耳をふさいで遠ざかろうと思ったのに。
歌が聞こえてきたら、自然と足は音の方へ向かっていた。
部屋をのぞいてみれば、楽しそうに歌う生徒がいた。
心が、揺れた。
「唄いも、十三絃も、物心つく前から飽きるほどに聞いてきた。
でも、聞いていて、あんなに気持ち良くなったのは、あんたの歌が初めてだ」
気付いた時には、その生徒のことを調べていた。
どんな人なのか、もっと知りたくなったから。
「でも、調べたら余計に、分からなくなった。
普段のあんたは、どう考えても、あんなに気持ちい歌を歌う人間には見えなかったから」
確かに、そうだろうと亜紀も思う。
お嬢様の化けの皮を被った亜紀は、『千鳥』は唄っても、『ソーラン節』なんて歌わない。
「だからもういっそ、本人に訊こうと思ったんだ」
……どうして、だろう。
口を開かなければいけないのに。
本性を知られたことを、口止めしなければいけないのに。
心拍数が上がるばかりで、口は一向に開いてくれない。
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