【6月18日】 最後の日常

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 ふと耳に届いた華やぐ笑い声に、和磨の目が引き寄せられた。  数人の女子たちが教卓を取り囲み、楽しげに雑談している。輪の中心には、男子だけでなく、女子からの人気も高い、火纏絵美理(ひまとい えみり)がいた。  肩の上で切り揃えられた髪型は、爽やかな容姿によく似合っている。  勉強も運動も常にトップクラスで、おまけに性格も明るく優しい。教師たちからも絶大な信頼を得ていた。 「絵美理のことが気になるのか? 無駄だからやめとけ。和磨みたいに、な~んの取り柄もない一般生徒じゃあ、絵美理とはつり合わねえよ。はっはっは」 「ほら行くぞ。帰るんだろ?」  絵美理に特別な感情があるわけでもないうえ、なぜフラれる前提なのか。  反論の一つでも言ってやりたいが、ムキになっていると思われるのも癪に障る。和磨はあえて聞き流し席を立った。  混み合う昇降口を抜け出し、和磨がビニール傘を開くと、雨空を疎ましそうに見やる基成が溜息混じりに呟いた。 「なんで、駐輪場を校舎裏にしなかったんだよ。ただでさえ、俺は二つ隣の町から自転車で通ってきてんだぜ。なあ?」  視線を逸らす和磨であったが、基成がぼやきたくなるのもよくわかる。  ここ宮多高等学校は、森林公園かと思えるほど敷地が広く。  駐輪場にたどり着くまで、手入れの行き届いた赤レンガの並木道をたっぷりと歩かされるのだ。  五年前。ここ宮森高校は校舎の老朽化に伴い、旧校舎を取り壊し新校舎に建て替えた。  講演会やコンサート等に使われるホールや、室内プール棟、学食棟を新設し、体育館も新しく建て直した。  その際、隣接する町の広場までも造成し、学校の敷地にしてしまったのだ。  その名残として、きれいに整備されたグラウンドには、違和感が半端ない屋根つきの古い石碑が、当時のまま残されている。  高校というよりは、大学のキャンパスを思わせるつくりであった。
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