第1章

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月夜に咲く 「屍体見に行こうか」 落ち込んだ時や気分転換したい時なんかに海によく行くんだ。そこで溺死体を見つけたの。パンパンに膨らんでるの。溺死って見た目がまったく変わっちゃうの。彼女は感情なく言った。 もちろん人の屍体ではない。当たり前だ。人ならば通報するべきだし、見に行くなんて悠長なこと言えない。 犬の屍体だそうだ。不謹慎かもしれないが誘われれば行きたいとなる。僕は先輩が好きだから。理由なんてそれでお釣りが来る。 「行きましょう。どうせ行くなら埋めてやりましょう。弔いは必要だし見つけたからには供養しましょう」 そして夜のドライブは始まった。 「屍体を見に行くなんてスタンバイミーみたいですね」 「お、私と同じこと思ったね。君は映画は良く観るの?」 「けっこう好きですよ。映画館の雰囲気も好きなんですよね。映画館ってシンとしてるじゃないですか。携帯の電源も落とせるし。非日常な空間なんですよね」 「わかる。今ってみんなが携帯持ってるし日常は騒々しいよね。携帯をオフにすると心もオフになる気がする」 「じゃ今から携帯はオフにしましょう。心をオフにして弔いましょう」携帯を出して電源を落とす。 私のも落としてと運転中の先輩は携帯を差し出してきた。 オフ。 「今から行く海は穴場なの」だから人には言わないでねと付け足した。 もちろんですよ。二人の秘密。それを誰が好き好んで言うもんか。頼まれても言うまい。 夜の街中を通りすぎ海に近づく。海岸線に出たところでを南下する。窓を開け夜風にうたれながら。スタンドバイミーをくちずさみながら。 これという目印もないところで車は減速する。細い道を入って行き民家の間を通り抜け舗装されてない道を下っていく。木々が道の左右に生い茂り、月の光を遮る。とても暗く静かなところだ。 木々が途切れたと思ったら海岸に出た。月も顔を出した。海に浮かぶ月は真ん丸い。月がさっきまでの暗闇を嘘のようにかき消す。 左右にあった木々は松だった。松林になっている。松林があり小高い丘がありその先が砂浜になっている海だった。遠くまで続くその光景が月明かりにとても美しかった。初めて見るその海は幻想的だった。 口を開けたまま言葉もなく見とれた。 「いいとこでしょ?」先輩が自慢そうに言う。 「こんな海初めて見ました」
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