2012年の風景

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通称・新宿ガード下には、街角ギャラリーがある。 靖国通り沿いにJR線に沿う形で続くここは、少し前まではただ暗い、薄汚い通路だったのに、壁にガラス張りのショーケースが作られた。 以来、日を空かずに様々な団体や個人が入れ替わり立ち替わり作品展示をするようになって、様変わりした。 汚らしさがなくなり、明るくなり、テーマごとに人の目を楽しませる草の根ギャラリーとなった。通勤時に横目で見ながら通り過ぎる勤め人たちの中には、次は何が展示されるのかと楽しみにしている者も少なくないと聞く。 そのギャラリーで書道展が開催されたのは、春をすっ飛ばして夏に近い陽気と雨に見舞われた梅雨真っ盛りの頃だった。 展示品はどれもこれも高齢者の手で書かれたもので、中には百歳に手が届こうという参加者もいる。 各々が心に浮かんだひとこと、ふたこと、短文を半紙の上に書き、綴るっているその一作ごとに、コメントがひとりの筆跡で丹念に書き添えられていた。 主催しているのは近隣のデイケア団体。人生の先輩達への支援・監修を行っているのは、書道家の尾上政だ。 彼が福祉施設へ出入りするようになってもう何年になるのか、中には自分の親より高齢の年長者もいる中に、指導をするというより教えを請うように寄り添っている。 今日もスタッフへ搬入の指示をしながら、目尻に蓄えた皺を隠そうともせず下げまくって一点一点を見つめる目は優しく、少年のように輝いている。 おや、まあ、と手を止め、彼の後ろでアシストをする、マネージャー兼助手の妻である加奈江は思う。
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