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この人は、何を見ても、全てが面白くて素晴らしくてたまらないという目をするのね。
若い頃も好奇心旺盛だったけれど、中年以降、年を重ねるごとに感受性は研ぎ澄まされ、貪欲に飲み込み、吸収し、学ぼうとする姿勢は止むことがない。
特に、デイケア施設へ出入りするようになって、政は変わった。
最初の頃は気乗りしなさそうだったのに、高校時代の先輩に是非にと乞われて行った施設へ一日行っただけで彼の態度は一変した。
元から褒め上手ではあったけれど、生徒たちへ寄せる言葉は、お世辞ではなく心底、真心をこめたもの。
そして、自宅へ持ち帰り、彼らの書を並べて、うんうん唸り、「良いなあ、良いだろう? 素晴らしいだろう?」と言う姿はまるで我が子を愛でるようだ。
銀婚式をとうの昔に迎えた私たち、お互いの顔に刻まれた皺の数だけ、ふたりの間には積もった歴史がある。
私たちは、川に水が流れていくように、ゆるやかに年月を積み重ねてきた。
人を見送った、看取った、亡くして初めて、わかった心があった。
川も時には石にぶつかり、皆もがざわめき、流れが別れる時もある。
小さくはない軋轢も、ふたりの間にはあった。
けれど、人生上での挫折や夫婦の危機といってもいい衝突、小さい息子の死を、ふたりは寄り添い、支え合うことで乗り越え、ここまで来た。
必要とし、されるだけで、生きている甲斐のある人と出会えた。
それだけで充分ではないか。
「母さん」
夫は、後を振り返らず、言う。
「はい?」
「今回の展示は、どう思う?」
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