2012年の風景

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言わずもがな。 どれも見過ごせない言葉たちばかりだ。 頼まれて書けるものではない書には、家族や仲間への感謝、決意、愛が満ちあふれている。 「見る人が皆、勇気をもらえて、幸せになれるものばかり」 左右を見渡して彼女は言った。 「良い展示会になりそうね」 「うん」 満足そうに腕組みする夫より、一歩下がったところに加奈江は立つ。 彼は言った、「カナ」と。 彼女は応える、「はい?」と。 ただ、呼んでみただけなのはわかっている。 けれど、彼が彼女への呼びかけるのを止めることはない。 存在を愛おしむように名を呼び、伝えるのだ、自分にはお前が必要だと。 ええ、あなた。 わかっているわ。 わたしにもあなたが必要。 だから何度でも呼んで。 何度でも応えるから。 あなたに何があっても、私だけは離れませんから。 あなたは、齢を重ね、人々との輪を拡げるにつれて、豊かな人間性が備わって、深くなっていくわ。 純な部分が際立って光って。 そして心は、まっすぐ、どこまでも伸びる。 翼をはためかせて、重荷をそぎ落とし、高みへと向かう鳥のように。 飛んでいく、どこまでも。 私も、ついていくわ。 今まで見たことがない風景をたくさん見ましょう、ふたりで。 あなたのそばにいられて、私も幸せなのですから。 人の往来と車の絶えない流れ、周りは変わっていくけれど、変わらないふたりがここにいる。 見ると、後ろ手に、伸ばされる夫の手の平。 彼女は彼の手を握った。 握り返す手の変わらぬあたたかさをうれしく思いながら。
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