セオドア・マクラーレン

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十字架の下にダニエルは座り込んでいた。夜の帳はすっかり落ち、月のかすかな光だけが窓から差し込んでいた。 ダニエルの頬に流れた涙が淡く浮かびあがり一筋の線となる。 2人の足音が静かな聖堂に響く。その音にダニエルは顔をあげて恥ずかしがるように身をよじった。 「…もう頭も冷えたわ。」 無言でセオドアが彼女の肩にブランケットをかけると、クリストファーはダニエルに手を差し伸べた。 そのままだれも話題をみつけられず、だれも何も発せぬまま3人は聖堂を後にした。 食堂のある、建物の屋根裏にシーツを敷いてもらいセオドアは寝床に横になった。 今日あった出来事が多すぎて消化できないまま、思考だけが堂々巡りをする。 変なことを考えずに寝よう、そう思ったときには外はすっかり明るくなっていた。 ※※※ ラベンダーズバリーに来て3ヶ月後、セオドアの暮らしは一変していた。 修道院では掃除や食事の支度などすることはたくさんあったがすぐに慣れた。シスターテレジアはセオドアの身体を気遣い、屋外での用事は夜になってから済ませてもいいように取り計らった。 空いた時間にシスターテレジアが教えてくれたことを覚え、図書館で本を貪るように読むこと1ヶ月。師匠であるシスターの知識を超えたことが分かった。ダグラス王国と交流のある国の言葉をまず覚え、その国の歴史や政治、社会についてを頭に叩き込む。3ヶ月経つ頃には逆にシスターテレジア達に教える立場になっていた。 そこまで勉強に打ち込んだのはもちろん、本が好きだからである。 しかしそれ以上に… 「ダニエル様にはいつかこの国の本当の王様になっていただくんだ」 クリストファーの言葉と輝く笑顔がセオドアを勉強へと駆り立てた。 いつか、本当にダニエル様が王となることになったら。その時は自分は辞書となり羅針盤となりたい… 受けた恩を少しでも返したいとセオドアは必死で知識を取り込んだ。 今日も修道院をたくさんの子どもたちが訪れる。クリストファーの手をひっぱり肩によじ登り、セオドアの膝にのぼってはオルガンを弾く。 そして最後には聖書を片手に聖堂をおとずれたダニエルに話をせがむのだ。優しい笑顔と澄んだ声はどんな話でも子供たちを真剣にする。難しい小節も身近な例え話に置き換える話術に子供たちはとりこになっている。
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