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高い金属音が夜の空に響く。
神経の全てを細身の剣に集中させる。
クリストファーの小さい身体から予想もつかない重い剣が振り下ろされた時、セオドアは一瞬で勝つことはできないと自覚した。
勝てないならば…と考えをめぐらす。できるだけ負けを遅くするだけだ。まずは剣を受けないことから始めよう。
月の光のなか、無駄ない美しい動作でクリストファーの剣は繰り出される。踏み込む前に剣を握り直すくせがあることにセオドアは気がついている。握り直した方向に剣が振り降ろされるのだ。
セオドアは気がついていた。教会の1番上の塔に登ると外の様子が見える。ラベンダーズバリーの丘でクリストファーは毎日家臣と剣の稽古をしていることに。彼の戦術や独特のくせにも。
別に負けたっていいのだが、クリストファーの強い目はセオドアに本気で戦うことを望んでいた。
ならばこちらも手加減などできるまい。
剣が虚しく空を切る。
「…なぜ当たらないのだっ!」
クリストファーは驚いていた。剣など始めて握ったであろうたどたどしい動きなのにまるで自分の動きを知っているかのように先回りされている。
従者であり剣の師匠でもあるジョナサンも最近は剣の腕を褒めてくれたのに…。
“アルビノ”である白い青年はひらりと切っ先をさけかすり傷すら作らない。
呪われしアルビノ、お前は人間ではないのか。
そんな失礼な言葉をつい口にだしてしまいそうになる。
その赤い目に向かって剣を突き出すと銀色の髪がふわりと視野を隠す。髪の毛が上がり隠されていた額が露わになる。正中に青い石が埋め込まれているのがわかった。
「…お前のでこは…」
はっとセオドアは額を抑える。同時に充分な間合いをとる。そして素知らぬ顔で言い放つ。
「…なんでしょう」
その時風に乗り透明な歌声が届いた。徐々に大きくなって行くその声に2人は何もできず動作を止めた。
金髪を風にたなびかせた、女にしては高い上背のその人は上機嫌だ。
2人の剣士に気がついたダニエルはにこやかに微笑むと月に向かって歌いながら丘を登って行く。
「妖精みたい…」
「あの方が妖精ならお前は妖怪だな」
セオドアの呟きにクリストファーが意地の悪い顔をする。セオドアはつい笑ってしまった。
「ではクリス様は悪魔でしょうか」
うるさい、と小突くクリストファーはどこか嬉しそうにしていた。
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