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その日は雷雨だった。ダニエルは日が登るまえに音で目が覚めてしまった。
こんな日も父は馬にのっているのだろうか。父に見せてもらった丘の上の光景が思い浮かぶ。
その時、城の門が空く音と馬の足音がした。
父が帰ってきた。ダニエルは飛び起きる。
城の門へつながる階段を下りると、すでに人だかりができていた。
陛下、陛下と叫ぶ多くの声が聞こえる。1番目立つのは若い男の金切り声だ。
「陛下、どうかお気を確かに!」
「閣下は離れてください」
心臓が脈打つ。手先がきゅっと冷たくなった。お父様に何かがあったのか。
そう思うと同時にダニエルは走り出していた。
「お父様!」
金の髪をたなびかせダニエルが走ると人々はさっと道を開ける。
人だかりの中で会いたかった父が横たわっていた。胸に巻かれた包帯からは血が滲んでいる。眉根をぎゅっとよせ、無言で痛みに耐えていた。
その父に若い男がすがりつき何度も父の名前を呼んでいる。
「…下がれ、アルベルト・フーバー…」
父の小さいかすれ声がした。
男が離れたのをみてダニエルは父の手を握る。
「お父様…」
ゆっくりと父はダニエルを向いた。その目は闇夜のように静かだった。涙が一筋、頬を流れる。
震える手がダニエルの胸に行こうとする。慌てて力を込めて自分の胸に父の手を当てる。
「私は…」
ここにいる、という言葉はついには音にならなかった。
ダグラス王国は悲しみに包まれた。
父の葬儀にはたくさんの人々が訪れた。特にアルベルト・フーバーという青年は父の棺の前で慟哭した。多くの人が泣き、多くの人が悲しんだ。
ダニエルは不思議となんの感情もわかなかった。棺に横たわる父は以前として強く美しい父だった。また動くのではないか、そうおもって父の名前を呼んでみても父は何も言わない。
天国に行く時に守衛に渡す花とされる白い百合を父の手にそっと握らせた。
弔問客はエドワードとメアリーにゆりの花を手渡す。メアリーの隣にはあの忌々しい赤毛の男が寄り添っていた。
渡された百合の花をもってメアリーは棺に近づいた。そして声をあげて泣いた。
人々がもらい泣きをする中でダニエルは目線を感じてメアリーを見た。
黒いレースの奥の目は笑っていた。
父は死んだのだ。
はじめてそのことに気付いて額然とする。もう、父はいない。
ダニエルは城で1人になった。
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