人を思い行動すること

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雨が馬車の天上を打つ音が響く。 王宮へむかう馬車の中でダニエルの手は小刻みに震えていた。 「ちょっと休みましょうか」 クリストファーが心配そうに顔を覗き込む。それには応えずダニエルはうつむいた。戦で日に焼けたはずの顔が真っ白になっている。 「これを」 湯気の立ち上るカップが差し出された。見るとアルベルトが無表情でカップを握っていた。 ダニエルは訝しげにアルベルトをみるが、視線を外される。 「ホットチョコレートです」 硬派なアルベルトには似合わない甘い香りが馬車に広がった。 王宮は目の前である。 ※※※ 「遅い…!」 王宮の謁見の間に入るやいなやメアリーがつかつかと歩み寄って来た。そのままダニエルは前髪を掴まれ、前に引きずられた。 「…!」 メアリーは舐めるようにダニエルの顔をみる。 「庶民の糞売女に似たようね。若いのに男を誘惑してそうな顔ね。」 胸に衝撃が走る。突き飛ばされてダニエルは思わず手を着いた。 クリストファーが息を飲み、セオドアが足を踏み出した。 「…そこで待っていろ」 ダニエルは精いっぱい声をあげる。金色の髪は乱れて顔を覆っていた。 メアリーはアルベルトを見るとわざとらしく声をあげた。 「あら、フーバー卿じゃないの、よくお越しで。このたびの戦ではよく活躍されているそうね」 ふふふ、と鈴のなるような声でメアリーは笑うとアルベルトの背に柔らかく手をかけた。 「おかげで助かっているわ」 暖かいメアリーの微笑みにダニエルは嫌な予感がしていた。 「ご褒美をあげましょう。欲しいものを言ってごらんなさい。領地でもいいし、お金でもいいし…」 途端にメアリーは真顔になる。身体はダニエルのほうを向いていた。 「…女でも」 無表情でかしこまっていたアルベルトがぱっと顔をあげた。 「本当ですか…」 アルベルトの声は低くかすれていた。メアリーはまた笑顔を浮かべると、ダニエルの耳元にささやいた。 「男らしい人にお初を捧げられるわね」 ダニエルははっとメアリーを見た。売女などと言っておきながら本当はダニエルが貞淑であることをメアリーは見抜いていたのだ。 メアリーは優しくダニエルの髪をすきながらよく透る声で言う。 「よかったわね、フーバー卿は情熱的に抱いてくれるわよ…きっと忘れられない一晩になるわ」
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