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いつどうやって後宮を後にしたのかすら覚えていなかった。
真っ青な顔でふらふら帰ってきたダニエルを待っていたのは怒りに震える側近2人だった。
肌が透けるぐらい薄いネグリジェ、乱れた髪を見て慌てて侍女が羽織ものを差し出す。
放心状態のダニエルは崩れるようにソファに座り頭を抱えた。
「…少し1人にしてくれないか」
クリストファーは苛立ちのあまり壁を殴る。豪華なシャンデリアが音をたてて揺れる。
いつもはクリストファーの乱暴な行動に水をさすセオドアも今日ばかりは何も言えなかった。
「…ロリコン野郎め」
アルベルト・フーバーが最初からダニエルを熱のこもった目で見ていたことに気付いていた。確かにデンスの民がダニエルに討伐された形になったとはいえ、ダニエルはあくまでもエドワードの配下にすぎない。
だからメアリーの提案にアルベルトがのったことを責めることはできないことがもどかしい。
「同感です」
セオドアのつぶやきにクリストファーは少し驚いた。スラム出身の彼は今まで権力に逆らう発言をしたことはなかった。
「ダニエル様は今どんなにか傷ついておられることでしょう。子どもと歌が好きなお優しいお方なのに戦に無理やり出されて、武功をあげても軽んじられて。
今だって強がって男のような格好をしているではないですか。」
クリストファーはしばらく口を紡いだあと、絞り出すように言った。
「俺は今のダニー様が本質なのだと思っていた。王宮をでるまでは亡き陛下のマネばかりしてお転婆だったからな。母君である叔母上はお優しい美しいお方だったのだが、そんなおしとやかさなど引き継がれなかったのかとだれもが言っていたさ。
…だが、今日の憔悴しきったお姿をみて本当は戦や王に向かないか弱いお方なのかと思ってしまった。」
遠くで侍女が走り回る音が聞こえる。薄く空いたドアから水の桶を持って走るところがみえる。湯浴みの準備なのだろうか。
「…俺が挙兵をすすめたせいで…ダニー様は…」
クリストファーの小さな顔が両手で覆われる。肩が震えていた。
誰がすすめようともいずれ、こうなっていたことだ。そういうこともできたが今のクリストファーの気持ちは楽にならないだろう。
セオドアがダニエルを慕う気持ちは男女の念というには恐れ多く憧れの気持ちがつよかった。
クリストファーの気持ちはわからないがその想いは相当強いことは伝わっていた。
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